イラン核合意を巡って、中東情勢が揺れている。
昨年よりバイデン政権やEUがイラン核合意の再建を進めている一方で、当のイランは法外な要求を突き付けるなど、上から目線で交渉に臨んでいる。
イラン、核合意再建「最終文書」に回答 外相は「3つの課題」に言及 https://t.co/5BynMKresE
— ロイター (@ReutersJapan) August 15, 2022
ロイター記事によると、
イランは同国で検知された未解明のウランの痕跡に関する国際原子力機関(IAEA)の調査の停止や、軍事部門「革命防衛隊」の米国のテロ組織指定解除を求めており、これらの要求が念頭にあるとみられる。
とあり、イラン側はアメリカにとってハードルの高い要求を突きつけている様子。
また、ゼロヘッジさんによると、イラン側はトランプ政権下のアメリカが一方的に核合意から離脱したことを念頭においた要求を出している模様だ。
イラン新核協定の詳細がテヘランに承認された。報告書 https://t.co/NfezQ7XHQj
— zerohedge jpn (@zerohedgejpn) August 20, 2022
核合意の中でイランはウラン濃縮用の遠心分離機の一部を放棄する必要があるが、今回のイランの要求では、アメリカが一方的に離脱したらすぐに再稼働できるよう放棄しない・・等を要求しているようだ。
この内容で合意となれば協定は骨抜きになる上に、アメリカやEUの大幅な譲歩は欧米の弱体化を示唆する。すんなり合意に至るかは未知数となっている。
さて、イラン核合意とは、イランの核開発に一定の制限を設ける代わりに対イラン制裁を解除するという、イランにとってメリットの大きいものだ。
それにも関わらず、上から目線で交渉に臨むイランは何やっとんじゃ・・と思うかもしれないが、実のところ、この核合意の枠組みは歴史的役割を終えている可能性が高い。
そもそも「イラン核合意」とは、イランの核兵器開発疑惑の解決を図るため、オバマ政権下のアメリカが中心となって、イランとP5+1(安保理+ドイツ)の間で2015年に締結された協定(Joint Comprehensive Plan of Action/JCPOA)だ。
この協定発行により、イランは遠心分離器や濃縮ウランの保有や監視の受け入れなど、核開発を一定制限される代わりに、イスラム革命(1979年)以来の制裁を解除されることとなった。
この協定は「イランがみんなの監視下で平和的に核開発するなら、制裁やめたるわ」という驚異的に甘いものだったため、トランプ政権に代わったアメリカはこの協定から一方的に離脱し、さらにイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニを殺害するなど、イランとの対立を深めると共に親イスラエルの姿勢を強めた。
トランプのこの動きは、イランのロシア・中国陣営入りを確定的にすると共に、「【ウクライナ機撃墜】イラン革命防衛隊司令官殺害事件によりイランが得た4つのもの」等で紹介したように、イランを中東の盟主的な立場に押し上げることとなった。
そしてバイデン政権になったアメリカは再び核合意を推進するものの、イランの立場は2015年当時と比べて大幅に強化されており(ロシア・中国の後ろ楯、サウジと和解、シリア内戦勝利、制裁耐性等)、今さらJCPOAに復帰するメリットは薄くなっている。
さて、オバマ~バイデンまでの動きを見ると・・・
- オバマ政権のアメリカは、中東における覇権国家としての責任からJCPOA締結したようにも見えるが、現実にはにはロシア・中国が堂々とイランに接近可能となった。
- トランプによる一方的なJCPOA離脱は「イスラエルに与するアメリカ」姿勢の明確化であり、イランにロシア・中国陣営入りを決断させた。
- アフガン撤退などアメリカの世界覇権縮小・撤退が進む中で、イランはサウジと和解したり、ロシア・中国の後ろ楯を得る等、中東の覇権国家となりつつある。
・・と言った感じだろうか。
こうして見ると、JCPOAには、ロシア・中国にイランの後ろ楯の役割を与えることと、イランを中東の覇権国へと押し上げる役割があったように見受けられる。
そうだとすれば、イランが中東覇権を固めつつある現在、既にJCPOAの歴史的役割は終わっており、だからこそイランはアメリカに法外な要求を吹っ掛けていると言うことになる。
そして、イラン核合意再建を熱望しているのは、実はアメリカ・EU側だったりする。
Europe’s proposal to resuscitate Tehran’s nuclear deal with world powers would blunt American sanctions against Iran’s Revolutionary Guards and pave the way for Tehran to avoid further scrutiny of suspected atomic sites
Europe wants Iranian energy
https://t.co/Y0YOZBOYte— The Sirius Report (@thesiriusreport) August 13, 2022
アメリカの政治専門誌「ポリティコ」によると、EUはイラン革命防衛隊への制裁を骨抜きにしてでも、イランを核合意の枠踏みに復活させることを提案しているとか。
EUが前のめりになっている姿勢からは、石油や天然ガス不足への対応策としてイランの石油・天然ガスを輸入したい・・という思惑が見て取れる。
アメリカ・バイデン政権もイラン石油・天然ガスを国際市場に投入して、インフレを抑制したそうだ。
さて、原油市場はアメリカ・EUのスケベ心を見越したのか・・既に下落する展開となっている。
WTI原油の日足チャートを見ると・・
6月下旬頃から原油価格はベアトレンド入りしており、直近では90ドルを割り込む展開となっている。
コロナ前と比べてまだまだ高値圏ではあるものの、一定の調整局面となっていることが分かる。
この下落については、イラン核合意(JCPOA)再建によりイラン原油が市場流通する可能性(需要減少・供給増加)に加えて、アメリカ・中国の景気減速懸念を見据えたものと言われている。
NY原油下落、ウクライナ侵略前の水準に…中国景気に警戒感高まるhttps://t.co/Qw8l92TBaV#経済
— 読売新聞オンライン (@Yomiuri_Online) August 17, 2022
ちなみに、以下は欧州天然ガスの週足チャートだが、原油とは対照的に6月下旬頃から急激な上昇を始めていることが分かる。
天然ガスの不足・高騰に焦ったEU勢がJCPOA再建を強引に推し進めている・・原油と欧州天然ガスの対照的な動きからは、そんな展開を疑いたくなる。
また、米中の景気減速については「リセッション入りするアメリカはQTによりバブル崩壊へ」で紹介したように、アメリカはリセッション(スタグフレーション?)入り寸前なので原油需要は低下しそうではあるものの、OPECはむしろ需給ひっ迫予測を出すなど否定的だ。
“Running On Thin Ice”: OPEC Head Warns Of Oil Squeeze https://t.co/Uk5oWb5KEH
— zerohedge (@zerohedge) August 17, 2022
OPECさん曰く「中国の景気減速は誇張やし、OPECの増産余力はほとんど無い」「中国のコロナ対策が終われば足りなくなる」「イラン原油が市場に流れても、全然足りん」として、下落要因の多く(中国経済・イラン原油)を否定する。
また、先日も紹介したように、あのゴールドマン・サックスも供給不足による原油高を予測しており、需要ひっ迫・供給不足はOPECのポジショントークでもなさそうで、景気減速による需要減は起こらなさそうな感じだ。
なお、ゴールドマン・サックスは、イランの核合意再建が合意されないと予測しており、イラン原油が市場流通せずに供給不足となる可能性を懸念していると思われる。
ゴールドマン、イラン核合意再建で妥結の可能性は低いと予想 https://t.co/rabCDMIyET
— ブルームバーグニュース (@BloombergJapan) August 17, 2022
ゴールドマン・サックスによると、核合意再建協議の行き詰まり状態はイラン・欧米諸国共に有益としているほか、イランは既に日量100万バレルの原油を輸出しているため核合意復帰のインセンティブは弱いとする。
OPECとゴールドマン・サックスの見立てを総合すると・・
- イラン核合意の再建協議がまとまるかは未知数
- 核合意が再建されてもイラン原油はほとんど市場に流れない
- なので、原油は高騰する
・・と、核合意が再建されても、されなくても結果はあまり変わらない感じだし、景気減速による需要減には少しも触れていない。
よく考えれば、仮にJCPOA再建に成功しても、ロシア・中国陣営のイランが欧米勢が望む対応をするとは思えず、むしろ輸出量を絞って価格を吊り上げるだろう。
石油・天然ガス共に、価格は上がることはあっても下がることは無さそうだ。
また、核合意そのものが破談になる可能性も高い。
イランの法外な要求を認めれば、アメリカ・EUの弱腰姿勢が鮮明になり過ぎる・・ということもあるが、そもそも、バイデン政権内部でも強い反発がある様子。
米大統領、指定解除に反対 - イラン精鋭部隊テロ組織https://t.co/wnO1bNlJK8
— 共同通信公式 (@kyodo_official) April 8, 2022
バイデン政権は(原油欲しさに)イランとの関係改善を指向しているものの、イラン革命防衛隊のテロ指定を解除出来なかったことから分かるように、政権内部での反対は根深そうだ。
その反対勢力の一つは、「こんな協議とっととやめようや」と主張するイスラエルだろう。
イラン核合意再建に向けた取り組み終了すべき=イスラエル首相 https://t.co/ecW3x5nEWz
— ロイター (@ReutersJapan) August 18, 2022
JCPOAの枠組みはイスラエルの仇敵イランの国力向上に繋がるうえに、公然の秘密となっているイスラエル自身の核兵器保有に対する世界的非難が高まる可能性も想定されるから、イスラエルが反対するのも仕方ない。
この他にも、原油価格をつり上げたい石油メジャーも反対勢力だろうから、両者ともロビー活動に精を出していると思われる。
ということで、ゴールドマン・サックスの予測するように、合意破断からの需要ひっ迫により石油・天然ガスが高騰する可能性は高い。
さらに、グレートリセットへと流れる歴史の流れも見逃せない。
「欧州はエネルギー危機により破綻に追い込まれる」で、OPECのバーキンド事務局長さんが「イランやベネズエラの原油を市場流通させれば需給は無問題」と発言した直後に死亡したことを紹介した。
この死亡がたまたま・・じゃないとするなら、グレートリセット進行中の世界において、イラン・ベネズエラ石油の市場流通が「御法度」となっている可能性がある。
実のところ、ベネズエラが欧州向けの原油輸出を停止したことが報じられている。
ベネズエラが欧州への石油輸送を停止、ロシア製エネルギーに代わる供給源の枯渇を懸念 https://t.co/pnISF1hRYg
— zerohedge jpn (@zerohedgejpn) August 19, 2022
大債務国家ベネズエラは債務と引き換えに欧州に石油を輸出していたが、自国で不足する精製燃料との引き換えを欧州に提案したところ「ダメ」と言われたため、石油輸出を止めたとのこと。
死亡した(消された?)OPEC事務局長さんが名指しした「イラン・ベネズエラ石油」は市場流通してはいけないモノなのか・・・。
うーん、これはやっぱり破断か。
やはり原油・天然ガスは上がるしかなさそうで、こんな感じになるのだろうか!?(上がる前に下がる)
・・と言うことで、ざっと見てきたように、JCPOAは再建されない可能性が高いものの、仮に再建成功しても石油・天然ガスは不足・高騰する可能性が高いと言える。
そして、イラン核合意では、先に紹介したイスラエルの動向も気になるところ。
イスラエルがJCPOA再建を嫌っているのは理解できるが・・果たして「イヤや」だけで済むだろうか。
仮にJCPOA再建となれば、イランの法外な要求を飲んだアメリカ・EUの立場は弱体化してイラン(&ロシア・中国)の立場が強くなるし、破断となっても欧米と対等に渡り合うイランは中東で羨望の眼差しだ。
この点から見えるのは、アメリカはJCPOA再建交渉を通じて、イランvsイスラエルの対立を煽っているんじゃないか・・という疑惑だ。
昨年の話になるが、オバマ時代の国務長官だったジョン・ケリー(現:気候変動担当大統領特使)が、シリア内戦でイスラエルがイランをこっそり攻撃してたことをイラン外相に伝えた録音データが流出している。
JUST IN: Kerry faces calls to step down over leaked Iran tapes https://t.co/TP7UM3BSdA pic.twitter.com/GykWkHzbXI
— The Hill (@thehill) April 26, 2021
アメリカは「イランさんに嫌がらせしてたの、イスラエルですよ」とチクっており、アメリカ自身が中東覇権の撤退・縮小を進めるなかで、イラン・イスラエルの対立を煽っていることが明らかになっている。
その点から今回のJCPOA再建交渉を見ると、弱気なアメリカ・EUに対してイスラエルは「何と頼りにならんヤツ等や、ワシがやり方見せたるわ!」とブチ切れて、イランへの先制パンチしても不思議ではない。
それが中東戦争へと発展すれば、石油・天然ガス価格は暴騰する。
なお、先日のモーサテで、石炭や天然ガスの高騰は続いているものの、原油価格は調整されている旨が報じられていた。
原油価格は調整されるも石炭・天然ガスは高止まり#モーサテ pic.twitter.com/50AnrqsAwG
— ゆうすけ@投資ブロガー/株/仮想通貨/不動産 (@learntoushi) August 18, 2022
原油価格は高騰しそうなのだが、その前にガツンと下押しする可能性(上げる前の下げ)もあるから注意したいところだ。
また、先に紹介した天然ガスの高騰の原因だが、「欧州はエネルギー危機により破綻に追い込まれる」でも紹介したロシアの逆制裁に加えて、干ばつが重なったことも原因の一つとなっている。
ヨーロッパの猛暑でエネルギー需給の逼迫に拍車。ドイツではライン川の水位低下で火力発電用石炭の水上輸送が滞り、フランスは原発の出力低下を余儀なくされました。経済や日常生活にも影響が広がります。https://t.co/IZ7RtOE0lH
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) August 15, 2022
ドイツは天然ガス不足を石炭で補っているところだが、干ばつによりライン川の水位が低下して石炭の水上輸送が滞り、石炭火力の発電量が減っているとか。
また、原発大国フランスでは、川の水温が上昇したために原発で加熱された冷却水を川に放流出来ず、原発出力を落としているとのこと。
ドイツ・フランスでは不足気味の天然ガスを発電に回しているようで、天然ガス価格の高騰に拍車がかかっている。
ちなみに、欧州以外でも天然ガス価格は高騰しており、過去最高値圏で推移している。
以下は、天然ガス先物の週足チャート。
ちなみに、アメリカでも今冬の天然ガス不足を懸念する声が上がっているとか。
NatGas Prices At 14-Year High As Traders Warn Of Winter Tightness https://t.co/pVctCOc1TM
— zerohedge (@zerohedge) August 18, 2022
国内需要が増加したところに欧州への輸出が大幅増加したことで、アメリカの天然ガス備蓄量が低迷しているとか。
また、資源大国オーストラリアでも天然ガス需要がひっ迫していたようで、元首相さんが「輸出制限」を提案していたとか。
Malcolm Turnbull calls for export controls to bring down gas prices – RN Breakfast – ABC Radio National https://t.co/iQInGzXgVh
— Malcolm Turnbull (@TurnbullMalcolm) June 12, 2022
オーストラリアでは国内需要を優先させるとして、各国との長期契約に「不可抗力条項」適用を検討するよう進言していたとか。
アメリカ・EU・オーストラリアの状況から世界中で天然ガス争奪戦が始まっており、長期契約と言えども全然安心できないことが分かる。
こうした中で、ボッシュートされるかと思われたサハリン2の日本権益について、ロシア側から現状維持が提示されているようだが・・何かの奇跡なのか。
サハリン2新会社が価格維持通知 各社は安堵と警戒 https://t.co/N44B4FEKW7
引き続き安定調達が可能となれば、電力需給逼迫やエネルギー価格のさらなる高騰は避けられそうだ。ただ、ロシア側が突然に契約変更を要求してくるリスクも残る。
— 産経ニュース (@Sankei_news) August 18, 2022
なお、米欧豪の天然ガス争奪戦を受けて、日本の天然ガス輸入量に占めるロシア産の割合は過去最高となっているとか。
日本にとってロシア産天然ガスの重要度は増しているが・・日本はサハリン2権益を守るために、裏でどんな条件をロシアに提示したのか。
なお、以前に「原田武夫氏の予測 中東戦争による石油危機は日本デフォルトを誘発!?」で、中東戦争による壮絶なインフレで日銀がQE継続出来なくなり、国債やETF下落からの債務超過・日本デフォルトが誘発される・・とのシナリオを紹介した。
日本とロシアの動きを主導しているのが誰かは分からないが、デフォルトへの動きに抗うものであること、安倍さんの方針(簿外資産絡み?)を継承してそうなのは気になるところだ。(安倍元首相の暗殺は歴史が大きく動く合図か)
最後まで読んでくれてありがとう!